歴史と文化

群馬県のほぼ中央に位置し、赤城山南麓に広がる宮城村は、面積48.15平方キロメートル、人口約8,600、世帯数約2,100の村です。 1889年(明治22年)の町村制施行によって、7カ村が合併して、誕生しました。 「宮城村」という村名は、書物によると「県社赤城神社ノ下ニ駢列スルヲ以テ宮城ト名ヅク」とある他、赤城神社と赤城山に由来しているとも言われています。 有史以前の赤城山の噴火活動や縄文時代の豊かな暮らし、古代から中世にかけての赤城信仰、近世の幕藩体制、近代の偉人達の活躍と、宮城村は悠久の歴史の中に息づいてきました。 国指定重要文化財の阿久沢家住宅や赤城神社、全長2.6キロメートルに及ぶ参道松並木、櫃石遺跡、赤城温泉郷などがあります。 最近では、ぐんまフラワーパークや赤城高原牧場クローネンベルクがオープンし、多くの観光客が訪れます。

旧石器〜大正の年表▽          ▽昭和〜現代の年表


阿久沢家住宅

古い農家形式を残すこの住宅は17世紀末頃 の建築と伝えられ、江戸時代には名主や組頭 をつとめた旧家です。 昭和45年に国指定重要文化財に指定された貴 重な財産です。

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赤城神社

全国に334社の分社を持つ赤城神社は、多 数の遺産が眠る赤城信仰の中心地。 ひときわ高くのびる3本の「俵杉」は平将門 を滅ぼしたことで知られる藤原秀郷の寄進と 伝えられる県指定天然記念物。 1556年の建立記録が残る「惣門」や、神明 造の「本殿」、また極彩色に彩られた「本殿 内宮殿」など県指定重要文化財がひしめく文 化遺産の宝庫です。

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櫃石(ひついし)

6世紀中頃の祭祀遺産で天津神地津神(あまつかみくにつ かみ)を祭った盤座(いわくら)。 高さ2.5m、周囲12.2mの巨石周辺からは「あまのたくじ り」、「土師器(はじき)」、「滑石模造品」などが多数 見つかっています。

 


大前田栄五郎の墓

幕末から明治にかけて上州、遠州、甲州にわたる縄張りを 誇った本村出身の侠客。 「火の玉小僧」とまで呼ばれた気質の強さと抜群の度胸の 持ち主。

 


伝統芸能

笛囃子の音に合わせて奉納される「獅子舞」 が諏訪神社で行われました。村の文化を今に 伝える伝統芸能です。

 


VR博物館へどうぞ

宮城村では1万8000年前の旧石器時代末 の石器が数カ所で出土しています。 これらの石器はアジア北方から伝わったもの と南方から伝わったものの両方があり、その 昔、当地は南北の文化が交わる接点であった ことが想像されます。 また、縄文時代の住居跡、土器、石器も多数 見つかっており、古代の生活をしのぶことが できます。

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